2017年4月22-23日 第24回さくら道国際ネイチャーラン

さくら道の物語の紹介

太平洋と日本海を結ぶ266㎞の道を、桜のトンネルで結ぼうと決意した一人男がいました。御母衣ダム工事で、水没する山寺の樹齢400年を数える桜の古木が移植され、見事に蘇ったその生命力に感動したからです。その人とは、名古屋と金沢を往復するバスの車掌・故佐藤良二さんです。彼はバスの走る道沿いに、桜の苗木を黙々と植え続け、そのために、乏しい蓄えや給料を注いだ。そして少ない休暇も使った。2,000本も植えた時に、彼は病に倒れ、志半ばで力尽き、癌で逝ってしまった。47歳の短い生涯でした。清貧という言葉が改めて見直される今、「人の喜ぶことをしたい」と病魔に侵された我が身を顧みず、無償の行為を貫いた佐藤氏の生き方は、貧しくとも豊かな心を持つ、人間の幸福な姿を問いかけてくれてます。佐藤氏が夢みた「さくらのトンネル」を、走り抜けるという形でその遺志を受け継ぐと共に 「太平洋と日本海をさくらでつなぐ」という大事業の完成に少しでも寄与できればということで、「太平洋と日本海を桜でつなごう2017さくら道国際ネイチャーラン」を開催されました。
ちなみに、この佐藤良二さんの物語は、佐藤良二役篠田三郎、佐藤良二妻役田中好子で映画化されています。

コース等

4月22日に名古屋城を朝6時スタートして、岐阜県の白川郷を経由富山県の兼六園にゴールする大会です。距離は250km、制限時間は36時間で、選抜された選手140人がスタートします。内訳は、海外ランナー24名(男子23名、女子1名)、国内ランナー116名(男子92名、女子24名)となっています。萩往還の250kmよりも12時間も制限時間が短く、超ウルトラマラソンでは日本の最高峰と言われています。
海外からの参加者は、韓国、台湾、フランス、スウェーデン、フィンランド、スイス、マレーシアから参加されています。
国内ランナーで参加している選手には凄い選手が多く、スパルスタロン、神宮24時間マラソンや萩往還250kmの優勝経験者、そして、トランスジャパン出場者が参加されています。また、女子は、ウルトラマラソンの日本代表などが参加されています。

出場する動機

この大会は、選手を選考委員会で審議して出場選手が決定されています。選手の選考の基準は、前年度にこの大会を完走した人が優先的に選考されます。そのため、新規の人は、前年にリタイヤ者が多くないとなかなか走れない狭き門になっています。
2016年は、天候不順でいろいろな大会が中止になったり、レースが短縮されたりしましたが、この大会も強風により選手の命の危険があるということで2日目の朝8時に打ち切りになりました。大会が打ち切りになるということはリタイヤ者も多かったということで、人から、新規の枠が多いので、エントリーすると選考される可能性が高いと聞き、めったにそういうチャンスはないと思いエントリーしてみることにしました。
エントリーは、100km以上の記録と簡単な小論文を提出します。小論文が結構重要で、走らせてほしいという熱い思いをいかに伝えるかが勝負になります。
そして、エントリーシートを提出した結果、12月2日に参加決定通知が届きました。決定通知が来るまでは、ほんとうに選考されるのだろうかと不安な気持ちでした。

開会式

開会式も非常に格式が高かったです。岐阜県知事の挨拶(代読ですが)があったり、選手も一人一人紹介されます。また、選手宣誓は、NO.1の選手(今大会で一番速いと思われている選手)がしましたが、大会に国際という文字がついているだけあって、英語と日本語のスピーチでした。これからは、走るためには語学力も必要なのかと思ったほどでした。また、開会式の席順は、持ちタイムの速い順からになっています。初参加の人は後ろの方に座るようになります。

大会の状況

スタート前は、緊張と不安でいっぱいでした。3月に60km走を3回したら、左のアキレス腱を痛めてしまいました。それで、3月下旬から4月上旬に2週間休んだら何とか走れる状態になりましたが、痛めたアキレス腱が250kmの距離に耐えられるかが不安でした。

4月22日(土)朝6時に名古屋城をスタートしました。
前半は、快調に進むことが出来、第1チェックポイント(67.2km)は12時28分に14番目で通過することが出来ました。
ところが、80kmのところで体調に異変が起きました。暑さのためにミネラルが不足し、両足に痙攣がきました。激痛でガードレールにしがみついて立っているのがやっとの状態でした。痙攣止めは第2チェックポイント(106.9km)に預けていたのでどうしようもない状態でした。そしたら、後ろから来たランナーから次のエイドまで400mと言われ、ゆっくりとエイドまで歩いて行きました。そこで、塩と梅干を食べたら、少し走れるようになって第2チェックポイントに17時8分に20番目でたどり着くことが出来ました。

ここから、夜になり、坂も急になって気温が下がるひるがの分水嶺越えになります。道端には雪が残っていましたが、今年は思ったほど寒くなく快調に走れて第3チェックポイント(143.0km)に21時57分に18番目で通過しました。
第4チェックポイント(172.6km)が23日の1時25分に16番目に到着しました。このあたりは快調に走れてましたが、200kmを過ぎたあたりから、体に力が入らなくなり、歩く距離が増えてきました。あまりにも辛いので、エイドの人に症状を話したところ、低血糖だろうと言われ、飴とチョコレートをいただきました。そしたら、少し復活して走れるようになりました。
第5チェックポイント(212.0km)6時55分に18番目で到着しました。やっと残り38kmになったという思いでした。

ここまでず~っとトイレを我慢していました。チェックポイントならトイレが絶対にあるだろうと思ったからです。ところが、トイレがないと聞いてがぁ~ん、かなり危ない状態でした。2km弱先に駅があるからそこのトイレを使って下さい言われ、あと15分も我慢しなければいけないのかと思ったが、行くしかなかったです。そして、確実に2km行ったと思っても駅がない!人に尋ねるも駅はまだ先ですよって言われるだけでした。このあたりは市街地に入っていたので、陰にかくれて用を足すわけにもいかずやばい状態でした。行っても行っても駅に着かない。再度、人に駅はまだですか?って尋ねたところ、もう近いですよって言われ少し安心しました。そして、やっと駅に到着して用を済ませました。2km弱と言われましたが、たぶん5kmは進んだと思います。後で、考えると車で走っている感覚では2km弱ぐらいに感じるのだろうなと。
243km地点の最後のエイドに到着。ここから兼六園まで7km。ここからは、最後の力を振り絞って走ろうと決めエイドを出発しました。兼六園に近づいてくると観光客も増えてゴールが近いことを感じることが出来ました。
そして、ゴールの瞬間がやってきました。

30時間10分(7分14秒/km)  22位
後半、順位を落としたのでちょっと悔しい気持ちもありますが、凄いメンバーがいる中でのこの順位は頑張れたかなと思います。

ゴール後は、金沢市内のスーパー銭湯に連れて行かれます。そこで、最終ランナーがゴールするまで待ちます。それから、19時30分に岐阜県白鳥村に向けてバスで出発し、23日は白鳥村の民宿で一泊します。夕食は、22時ぐらいから始まり、お互いの健闘を称え合います。

さくらの植樹

24日は、佐藤良二さんの功績を称えてさくらの植樹があります。実際の鍬入れは、男子と女子の1位が代表してやります。

閉会式&完走パーティー

閉会式でも、座る順番はゴールした順に座り、リタイヤ者は後ろの方に座ります。そして、完走者一人一人に檜で作られた完走盾が群上市長さんから渡されます。その後、完走者だけで記念撮影をします。
リタイヤした者は、記念写真に入れないだけでなく、1年間は出走させてもらえないそうです。リタイヤ者は、この悔しい気持ちを2年間持ち続け、次のチャンスを得た時に完走に繋げていくのだろうと思いました。
そして、完走パーティーが始まり、寿司、オードブル、ビール等が出され、ランナーと交流を深めることが出来ます。
パーティーでは、普段、話せないような凄い選手から、練習方法等を聞くことが出来ました。聞けば聞くほど、レベルの違いに驚き、ほんと言葉が悪いですが、怪物のような人ばかりでした。

感想

今までに出場してきた大会で、一番充実していて大会の最初から終わりまでず~っと楽しい大会でした。また、出場選手(140人)が少ないこともありますが、スタッフ、ボランティアの方々、また、地域の方々の選手へのおもてなしが凄くいい大会でした。もっと、前から出場していたら良かったと後悔したほどです。
来年も選んでいただけたら、絶対に走りたいと思っています。