今年は、コロナウィルスの影響で2年ぶりの開催となった。
2年ぶりではあったが、いつもとおりのルーティンでスタートラインにたった。
ただ、ひとつ心配だったのは9~10月中旬まで体に疲労がたまってあまり練習が出来ていなかったことだった。
それでも、10月の萩石見空港マラソンのハーフをいつもと変わらないタイムで走れたので、海響マラソンも3時間は切れないにして、悪くても3時間10分くらいで完走できるかなと思っていた。

スタートエリアに入ると久しぶりに会う選手でいっぱいだった。
みんな久しぶりのマラソンを楽しみにしているようだった。
スタートの合図が鳴った。
特に気負うこともなく走り出すことが出来た。
走り始めると「足が軽い!」と直感し、4:02分/kmのペースで10kmまでぶっ飛ばした。
ここで、「これ、もしかして3時間切れるんじゃない」と軽い気持ちで思ってしまった。
10~15kmまでも順調に走れ、16kmぐらいから少し足が重くなった。
19km過ぎたあたりから、足が動かなくなりペースを守れなくなった。
なんとか5分弱のペースを維持し、出島のエイドに到着した。
普段は食べないソーメンとゼリーを補給したら元気が出るかもと思い摂った。
その時点で、2時間をオーバーしていた。
「補給もしたし、さぁ帰るぞ」と思ったが、足が全く動かなくなった。
そして、30kmのところで両足に痙攣が起こった。
治まって走りだそうとするとまた痙攣、それを繰り返していると歩くことしかできなくなった。
歩いていると、知り合いのランナーや沿道で応援してくれている維新の仲間が心配そうに声を掛けてくれた。
仲間の応援は、何物にも変えられない最高のサプリでした。
最高のサプリを摂取して、頑張ろうという気持ちは湧いてくるが、身体の方はどうにもならなかった。
でも、不思議とやめようという気持ちは起こらなかった。
歩いていても痙攣が起こるので、途中、救護所にマラソン人生で初めて寄った。
それも2箇所も。
1箇所目は、歩くのもつらくなってとにかく座りたかったので、彦島大橋を渡る手前の救護所に寄った。
パイプ椅子に座り、スポーツドリンクを飲んだりして15分くらい休憩した。
休憩してもう大丈夫かなと思って走ると10mも走らないうちにまた足に痙攣が起きた。
しかたなく歩くしかなかった。
彦島大橋を下るとまた救護所があり、そこでは治療をしてもらえるようだったので、藁をもすがる思いで寄った。
簡易ベッドに横になって足をマッサージしてもらうと、両足に強烈な痙攣が何度も繰り返し襲ってきた。
60歳前のおじいちゃんであるがわめくしかなかった。
そこでは30分くらい休憩した。
マッサージもしてもらったし休憩もたっぷりとったので、「もう大丈夫だろう」と思ってリスタートした。
走り出すとまた足に痙攣、「今日はもうダメじゃぁ~」っと思い、最後まで歩いてゴールしようと腹をくくった。
医師、看護師のビブスをしているランナーから何回も声をかけていただいた。
12kmは歩くと長かった。
ゴールが見えた瞬間、2時間半痙攣しまくりで歩いて帰って、少しは感動するかなと思ったが、何の感動もなかった。
どっちかというと虚しい気持ちでいっぱいだった。
4時間44分15秒でゴール、自己ワースト記録を20分以上も更新してしまった。☆の真逆の★

もう、気持ちは12月の防府読売マラソンに切り替えている。
暑かったことが痙攣の原因と考えられるが、根本はマラソンの練習がちゃんと出来ていなかったことと思っている。
現に、ちゃんと練習している人は普段と変わらないタイムでゴールしている。
この失敗を生かし防府では失敗しない自分を出したいと思っている。
もう、やるのみ!やるしかない!