今年は、コロナウィルス感染拡大防止対策のため人数制限等されて特別な大会だった。
その中で、主催者の方々は、この大会を、コロナに負けない大会と位置づけ成功させようと御尽力されていたと思っている。幸運にも走らせてもらえる私たち選手も、最後まで全力を尽くし、その気持ちにこたえる必要がある、また、応援していただいている方々に少しでも心に響くような走りが出来たらいいなと考えていた。
当日、会場に着くといつもの大会と様子が違った。ガラガラの駐車場、そしてガラガラの体育館更衣室、全く並ばず入れるトイレ、寂しい現実だった。
それでも、日本全国では感染者が増加している中、開催していただいたこと、そして、走らせていただけることに感謝しかなかった。
今日の目標は、結果はどうでもいい、とにかく全力を出し切る走りをしようと心に決めた!
スタートは、昨年と違ってスタートラインの5m後ろに並ぶ。メジャーな大会でこんなにスタートラインから近いところに並ぶのは初めてだった。
スタートの合図が鳴った。ほんの4秒でスタートラインを超えることが出来た。別府毎日マラソン以来の10ヶ月ぶりのレースだったので、最初は慎重には入るように心がけた。
10kmまでは4:05分/kmを守って順調に走れた。ところが、10km過ぎたあたりから、右足の膝裏の上あたりに痛みが出てきた。実は、1週間前に痛めたところで、自分ではよくなっていたと思っていた。そして、13kmに差し掛かったところで、その痛みが急に激痛に変わった。その時は、まだ30km近くもあり、今日はもしかしたら完走できないのではと脳裏を横切った。それでも、次のレースはないので故障してもいいと覚悟を決めたのと、棄権は全力を出し切ったにならないと思ったので、足がちぎれても完走しようと痛みをこらえて走り続けた。
20kmで道下さんに追いつかれた。集団となっていたので、付いていけるところでまでついていこうと思い走っていると、不思議と途中から痛みがなくなってきた。これならいける!と思ったが、30kmまでしか持たなかった。
30kmからは、体が冷え体力が奪われて、足が動かなくなった。寒い中、帰ってくるのを待っていて、応援してくれる方々に対して、反応も出来なくなり、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
競技場に入って、2時間56分台が見えたので、最後の100mは全部を出し切ろうとスパートしたら、5m手前で足が攣ってしまって、2時間57分00秒ジャストでのゴールとなった。これで、48歳で初めてサブスリーを達成して11年連続の達成となった。でも、ゴール後、フラフラしていたら、そのまま救護所送りとなってしまった。
目標にしていた全力は出し切ったと思っています!
最後に、一刻も早く新型コロナウィルス感染が終息して、2020年こんな大会もあったねっと言えるような時代が来てほしいと願っています。

