朝から部屋に荷物を広げ、帰ってきてすぐにパッキングできる準備をしてから瑠璃光寺そばの松籟亭へ。10時になってすぐ受付を済ませ、人出不足だったので、受付の手伝いをしてから受付前で記念撮影。
ついでに大会Tシャツもゲットしました。

ここで、FBグループで知り合いになったKさんから、完踏御守をいただき、お互いの健闘を祈りました。

スタート1時間前に瑠璃光寺に行く予定だったので、朝のうちにもらった券でうどんを食べ、ついでにご飯もいただきました。早めのお昼ごはんはこれで終了。

食後にソフトクリームを食べて解散、天気も良いし、放射冷却で夜が冷えるかもという予報が出ていたので、ダイソーでエマージェンシーポンチョを買い増しして帰宅しました。

250キロは旧油谷中学と宗頭に荷物を預けることができるので、それぞれを袋に入れて、ウェアにゼッケンをつけたところで、13時、あわててベッドに行き、14時半まで仮眠しました。寝起きスッキリで、入念に足をテーピング。右足首のテーピング中、長さが足りなくなり、普段はやらない「テープの継ぎ足し」で対応しました。今思えば、これも要因の一つかも・・・

着替えていたら時間が無くなってきたので、ご飯を一杯食べて、16時40分に図書館前駐車場へ。結構、満車状態で焦りました。一緒に出走する隊長、Yさんの荷物を、瑠璃光寺まで私の車で運び、その後、セブン-イレブンおにぎりを買い、職場駐車場に車をおいてスタートの列に並んだのが17時半頃でした。


去年はスタート前に写真を撮っていて、並ぶのが遅れて、後方スタートになり、関門突破が苦しく感じてしまったので、今回は早めに並ぶことにして、しっかり第2集団でスタートすることができました。

Kさんを始め、たくさんの方に応援されながら、18:10にスタート。ゆっくりペースで行くはずでしたが、周囲のペースが速くて、こちらも流されて予想外のキロ7分を切るペースになってしまいました。やはりガーミンを持ってくるか、キロ8分ペースを体に覚えさせる練習が必要だなと感じました。

走り出す前は肌寒く感じて、上着を着ようかと言っていましたが、このあたりではもう暑く感じていました。ここについては、上着無しが正解だったと思います。

 

山口駅を18:25に通過、河川敷を小郡方面へ進みます。

このあたりは昨年の140キロと同じコースです。矢原河川公園あたりでは、維新ランナーズ美女軍団の応援をもらい、快走しました。



19:37 13.2キロ 上郷駅前エイド到着。

ここではトイレに行って、パンをもらって出発。ここでも維新の方々に声をかけてもらい、力になりました。ここで、隣のランナーのゼッケンに私のレインウェアがひっかかるというアクシデント発生。すぐに気がついたから良かったものの、ここで紛失していたら、この先、凍えていました。

二本木峠あたりでは、IさんがKさんとエイドを出されており、ここでもコーラなどをいただいて更に進みます。このあたりで、なんとなく右膝に違和感がありましたが、気にせず突き進みました。

20:48 21.8キロ 湯ノ口エイド通過

21:35 27.8キロ 下郷駐輪場エイド通過

22:11 32.0キロ 美祢高校エイド通過。

それぞれで、パンやバナナ、コーラなどをいただきました。下郷では早めのロキソニンも飲んだと思います。このあたりは真っ暗な山口秋吉台公園自転車道線を走るのですが、青く光る萩往還バッジをつけたランナーが連なっていくのが、なかなか幻想的でした。

そんな中、私と隊長はおしゃべりしながら、快調に走ります。他にそんなにしゃべっている人はいませんでしたから、しゃべりすぎて体力を使ってしまったかもしれませんw

途中、何度も隊長のペースが速いと注意されましたけど、本当、そのとおりでしたね。

22:59 37.8キロ 門村交差点到着。

ここはエイドではありませんが、間違って直進してしまいそうな場所ということで、Y沼さんが毎年、交差点で案内をされています。ここではいつも出されているという慶州マラソン土産の韓国ポン菓子をいただきました。握手した手がとても冷えていました。相当寒い中、本当に感謝です。

ここから登りもあるし、走るペースが遅くなるので、若干寒くなるだろうということで、上着を着用。今回は先日博多で購入したモンベルのバーサライトを使用しましたが、軽量コンパクトで蒸れないので、ホントに重宝しました。走っているとそれなりに暑くなるので、上着はこれ一枚で十分でした。

県道を登って行くと、またIさんがエイドを出してくれていました。翌日はご自分もレースなのに、Kさん、Y崎さんもありがとうございました。ポテトチップス、美味しかったです。

0:00 44.0キロ 西寺交差点に到着。

このあたりまでは道がなんとなく判っていたので、距離感もあったのですが、やはり長く感じました。ここでトイレを借りて、ハニースティンガージェルを1つ食べ、眠気覚ましに暖かいコーヒーをいただきました。すでに6時間走っているので、ハニースティンガーがたまらなく美味しく感じました。なお、この時間には、もう名物のそうめんは終わっていました。残念。

ここから先も登りが長いことが解っていたので、ここでバーサライトのパンツを履きました。足が冷えないというのは体温も奪われないし、良かったです。

ここから登りがだらだらと続きます。カエルの合唱を聞きながら、田んぼの横を抜け、やっと豊田のゴルフ場の脇を抜けていきます。このあたり、すでにほとんど走れず、早歩きが中心でした。しばらくすると下関市に入ったという看板が出てきて、そこから約9キロ走って、トンネルを抜けるとようやく公園入口の案内が出てきます。そこからエイドまでは登りです。俵山に向かう人を横目に、フラフラと最初のチェックポイントに向かいます。ここまで遠かったー。

2:29 58.7キロ 豊田湖畔公園のエイドに到着。

ここでは、うどんとおにぎり2つをいただきました。おにぎりは私達の後、すぐに無くなりました。危ないところでした。食後の薬を飲んで、トイレに行ってすぐ出発します。このあたり、お腹にガスがたまって苦しかったので、綺麗なトイレがあって助かりました。

ここからは登りもあるし、ほぼ歩いていました。しばらくすると長門市に入ります。今が満開のはずのしゃくなげ園も真っ暗で何も見えず、ひたすら俵山を目指します。右膝内側は相当痛く、なんとか早歩きで隊長の置いていかれないよう頑張っていました。ようやく俵山の交差点が見えましたが、そこから温泉への入り口までが遠く感じました。ここでは登り口で悩んでいる人たちがいたので、案内をしてあげました。試走の時、私達も悩んだところでしたね。

3:52 67.1キロ 俵山エイドに到着。

ここでは三猿まんじゅうをいただき、ロキソニンとショッツを飲んですぐに出発しました。トイレの場所が判りにくかったので行きませんでした。10時間くらい走り続けているので、頭がぼんやりして、会話の中身が考えられなくなり、このあたりは二人とも無言でした。砂利ヶ峠のあたりでは、眠気でふらふらになっていましたが、メガシャキのガムを噛んで、なんとか持ちこたえました。この峠を下っている時に、だんだん空が明るくなってきました。

峠を越えると、大坊ダムへ続く新しくできた道に出ました。ここでヘッドライトなどを収納、ついでにバーサライトパンツも脱ぎました。ヘッドライトの電池として、今回はeneloopを使ったのですが、俵山あたりから光量が落ちてきたのを感じました。隊長は同じGENTOS HW-888HでもEVOLTAを使っており、まだ明るかったです。EVOLTAがすごいともいえますが、旧油谷中学では電池は入れ替える必要があるので、eneloopでも問題ないと言えそうです。収納しているうちに隊長においていかれたので、急いで追いかけました。下りだったし、この半日で一番速かったかも。

5:26 76.4キロ 大坊ダムの横を通過。ツツジが綺麗でした。

5:50 79.8キロ 新大坊エイド到着。

トイレに行き、湯豆腐とジェル、バナナをいただいて出発です。マッサージコーナーがありましたが、先を急ぎました。

ここまでの長い下りで、また膝を悪化させてしまい、もうほんとに早歩きしか出来ません。でも、いいペースの女性がちょうど前を走っていたので、彼女に置いていかれないように頑張って付いて行きました。このあたり、薬も切れていて、ちょっと走ると脂汗が出そうなくらい痛かったです。旧油谷中学まで行けば、ストックが置いてあると自分に言い聞かせながら、走ったり歩いたりを繰り返しました。途中、Tさんも応援に来てくれていました。まだ6時台です。こんな時間に来てくれたのかと、とても嬉しく力をもらいました。

7:04 86.9キロ 海湧食堂到着。

久しぶりに座って食事が出来ました。ご飯と豚汁でしたが、昆布の佃煮や梅干しも美味しく、ご飯をお代わりしました。

7:30 87.1キロ 旧油谷中学到着。

関門の8:30まであと1時間でした。まずはチェックして、預けた荷物を受け取りました。

ライトの電池交換、薬、ジェル、食糧、ハイドレーションの補充を済ませ、ロキソニンを飲み、半袖シャツに着替えてストックを持って出発しました。旧油谷中学で荷物整理の時に座っていたため足が固まったのか、ストックを使った走りをしようと思っても、膝が痛くて全く走れません。ショックでした。痛みに耐えるため、走る時に息を止めてしまうので、息が続くところまでしか走れません。ここからは隊長に追いつくのがやっとでした。苦しかった。

それでも登りだと隊長がたまに歩いてくれるので、その間に走ったり歩いたりして追いつくことができるのですが、平地が続くともうダメで、薬が効いてくるまではひたすら耐えていました。ここでは、俵島を回り終えたランナーと続々とすれ違います。たくさんの応援の言葉をいただき、嬉しかったです。

大浦漁港を過ぎて、やっと薬が効いてきて、登りが続いたので、ストックを使って攻めて、なんとか隊長と合流。ここからはしばらく一緒に行きました。

9:31 98.5キロ 俵島CP到着。

エイドで水をいただき、チェックしてから川尻岬を目指します。ここのチェックポイントは、結構わかりにくいようで、途中、チェックを忘れたらしい人が走って戻ってきていました。やはり意識が朦朧としているのかもしれませんね。

大浦漁港手前あたりからずっと、この250キロを何度も完踏されているというHさんと合流し、引っ張ってもらいました。歩きながら寝られるという強者でしたが、きっちりペースを崩さず行かれる方でした。流石でした。ちなみに今回も完踏されていました。

俵島を回り終え、大浦漁港の道を登り、農協のところから、川尻岬に向かいます。この先3キロで川尻岬という看板が出て、近いか?と思ったら、Hさんが、「この看板は当てにならん。」と一言。確かにそこからが遠かったです。やっと、あと1キロの看板が出たと思ったら、そこからはずっと下りです。これを帰りはまた登るのかと思いながら、ようやくチェックポイントに到着。

11:04 107.8キロ 川尻岬沖田食堂

カレーを食べて、ロキソニンを2錠飲んで、トイレに行って出発です。ここからの登り、隊長がまた元気になって加速します。登りはまだついていけましたが、下りは膝が痛いので、全くスピード上がりません。途中まで頑張りましたが、もう痛みのほうが強くて、歩くことしか出来ず、どんどん離されていきました。結局、日吉神社のところで離れてしまい、それから隊長の姿を見ることはできませんでした。

川尻漁港を過ぎたところで、ようやく前を行くHさんに追いつき、ストックの力でなんとか隊長に追いつこうと早歩きを頑張りました。

12:05 113.2キロ 大浜海岸通過

ここには綺麗なトイレがありますが、行く余裕はありませんでした。ここをちょっと下ったところで、左に曲がる道があります。車で試走して間違えたところですが、前を行く選手が、ふらっと行き過ぎようとしていたので、声をかけて呼び止めました。どうやら、俵島のCPでチェックを忘れて戻った人らしく、タイムロスを取り戻すため一生懸命になって気が付かなかったようでした。ここでまたロスしていたら、大変だっただろうなぁ。

さて、ここからがこの日一番辛いコースでした。一旦、ぐんぐん登って行き、その後一気に降りていきます。距離は4キロくらいですが、体感ではその倍くらいに感じました。キツかった。

12:51 117.7キロ 立石観音

登って下ってなんとかたどり着き、チェックシートにチェック。I津さんが応援に来てくれていました。ありがとうございました。
元気をもらったところで、次はいよいよ千畳敷です。ひたすら登って東後畑の棚田や竜宮の潮吹の近くを通ります。さすがにお腹空いて、SOYJOYをいただきました。なんだかんだで、これが一番食べやすくて良かったです。CLIFは大きすぎるし、あまり食べたいと思いませんでした。

あと少しで千畳敷という交差点の前で、Tさんに応援してもらい、ここを隊長が15分前に通ったと聞かされました。なかなか追いつけないなぁ。

ここから千畳敷への最後の急坂が、本当に辛く、この頃にはもう腰も落ちてしまい、ストックで踏ん張る力もありませんでした。登るのがやっとで攻められません。

14:39 125.4キロ 千畳敷到着。

足も痛いし、ここで収容してもらったほうが楽なのかなと、半分以上、リタイアすることを考えていましたが、応援のSさんにお会いして、もうちょっと行けるところまで行けとハッパかけてもらいました。まあ、辞めるのはいつでも出来るので、最後まで行ってみようと、ここでは思いました。

コーラを飲んでトイレに行き、千畳敷から一気に下ります。普段なら得意の下りなので、タイムが稼げるエリアですが、今日はもう膝が痛くて全然駄目でした。私がゆっくり降りていても、なかなか次の選手が追いついて来なかったので、皆さんも辛いのだろうなと思い、私も我慢していました。

しかし、ここの下りは相当、膝にこたえたようで、平地に降りても歩くのがやっとになってしまい、我慢できずにバス停に座ってエアサロンパスを使ってしまいました。

そこから西坂本の日置エイドに向かうところで、福島に行っているHくん登場。ここで会えると思ってなかったし、嬉しかったです。

15:45 131.1キロ 日置エイド

体をひきずるように日置エイドに到着。ここではチキンラーメンミニをいただきました。ここでもマッサージをしてくれそうな場所がありましたが、先を急ぎたい気持ちもあったのでエアサロンパスだけお借りして進むことにしました。

しかし、膝は本当に限界が来ていたようで、黄波戸温泉に登る道、下る道が全く走れず、どんどん関門時間が近づいてきました。ようやく降りたところにある黄波戸漁港で、回収バスを待つ人が居ました。

私も乗りたい。でも、もっと先に行きたい。関門で停められるまでは進み続けよう。でも、ここで頑張り過ぎると、ダメージから復帰できるのはいつになるかわからない。なら、リタイアする勇気も必要なんじゃないか。など、ものすごく葛藤していました。

しばらく進むと、遠くに長門の街と青海島が見えてきます。仙崎公園まで残り8キロ、18:30の関門には間に合うのか?間に合ったとしても、そこから鯨墓まで往復出来るとは、とても考えられない。

と、そんなことを考えている時、後ろから回収バスがやってきました。

私は思わず手をあげていました。

そして、バスはすぐに止まってくれました。

17:00 136.0キロ 黄波戸から191号線の入り口あたりでバスに回収。

バスは満員状態でした。みんな疲れきっていますが、ほっとした顔もしています。やはり走りたいという気持ちと、もう限界という気持ちがせめぎ合っていたのでしょうが、「楽になれた。」という気持ちがこの時には勝っていたような気がします。

バスから外を見ると、まだまだ走っている選手がたくさん見えます。仙崎公園でしばらく待機した後、宗頭に向かっていると、外にYさんとOさんを発見しました。スタート後、バイパス交差点で見て以来でしたが、まだまだ元気そうに見えました。とりあえず宗頭に着いたら、そこで出来るだけ力になろうと思うのがやっとでした。

18:00 宗頭文化センター到着。

預けている荷物と毛布2枚を受け取り、リタイア者の休憩所になっている体育館に行きます。すでに爆睡している方が多数いらっしゃいました。ガチガチに固めたテーピングを外し、風呂に入って、夕食をいただきます。山口に帰れるのは明日ということだったので、隣の酒屋でビールを一本買って飲みながら食べていると、先ほど追い越したYさんとOさんが戻って来ました。一緒に食事をしながら、今後の健闘を祈りつつ7:40頃に二人を見送り、缶ビールをもう1本買って毛布のところに戻って横になったら、そのまま死んだように寝てしまいました。後で聞きましたが、O村さんが宗頭に22時くらいまで来てくれていたようでした。飲んでなければ送ってもらって帰れたところでした。

夜中に目が覚めると、隊長から「0:15に宗頭に到着した。もうダメ。」というメッセージが来ていました。この時点で、隊長はリタイアしたものだと考え、「よく頑張ったね。もしその先に行くなら見送りに行くよ」というメッセージを返しましたが、返事はありませんでした。爆睡しているのだろうなと思っていました。先にリタイアして申し訳ないという気持ちと、まだ行きたかったという気持ちがあり、横になりながら、悔し涙を流していました。

宗頭の体育館は広いので、荷物を広げてもゆっくり寝ることが出来ましたが、その分、目が覚めると寒かったです。5時25分に目が覚めた時、係の人が、「送迎バスが出ますが乗りますか」と聞いて来たので、「何時発ですか」と聞いたら5時半発でした。大急ぎで荷物を詰め、毛布をたたんでバスに乗せてもらいました。

山口までの戻るバスは、回収バスも兼ねているようで、まずは三見駅へと向かいます。ここに行く途中でも数名の選手を見かけます。この時間にここで大丈夫なのかと心配してしまいました。

と、ここでYさんから電話が。まさか、もうゴール?と思ったら、足が動かなくなり、Oさんと一緒に辞めるとのことでした。いろいろ考えた上でのことだろうし、10時間以上残してのリタイアは相当悔しかったと思います。気持ちはよく分かるので、もうちょっとだから頑張れとは、とても言えませんでした。

三見駅の次は、玉江駅、浜崎緑地公園と進みます。それぞれ15分程度、その場所で回収希望の選手を待つので、待ち時間の間は、バスを降りて応援していました。浜崎緑地公園では、「ここにチェックポイントがありますよ」と言いながら応援していましたが、それでも通りすぎようとする選手が数名いました。ここに来る選手は250キロと140キロですし、やはり疲れているのですね。

笠山入り口に移動し、ここで応援していると、250キロの鬼太郎選手が一反木綿を背負って走って来ました。ここまであの格好で走るとは、本当にすごいです。そんなことを考えていたら、笠山方面からIさんが戻って来ました。昨年はこの時間、まだ玉江駅にも到着してなかった気がするので、かなりのハイペースです。ここで会えると思ってなかったので、本当に嬉しかったです。

バスが萩小町の前を通ったところで、反対車線をひたひたと走る隊長を発見しました。てっきり辞めたと思い込んで、宗頭に残してきてしまったことを心配していた隊長が、頑張って走っているのを見た時、本当に嬉しく、また、走っていることを信じて無かったことが申し訳ないと思いました。

ここからバスは一気に山口に戻ります。途中でたくさんのAとBのランナーを見かけました。そして萩市内を過ぎ、萩往還の横を通った時、自分のチャレンジは、萩往還を走らずに終わったのだなと、また寂しくなりました。

やがてバスは瑠璃光寺に到着。重い荷物と足を引きずって車まで戻りました。

結局、私の250キロへの挑戦は、136キロで終了してしまいました。

 

一度帰宅してエイドの準備を整え、再び萩に戻り皆さんの応援に行きました。数カ所で応援しながら、夕方、瑠璃光寺に戻りました。途中で何人もの250キロ選手を応援することが出来ました。抜きつ抜かれつした人も一生懸命ゴールに向かわれていて、本当に頑張って欲しいと応援していました。隊長も釿ノ切峠でようやく見つけ、その後、なんとかゴールを果たしました。1回めでの完踏は本当にすごいと思います。お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さい。

 

萩往還マラニックリタイアから一週間。痛めた右膝と足首は全治二週間と言われました。あれ以上走っていたら、もっと長期治療が必要になっていたかもしれません。それを考えると、あの時点での決断は正しかったのだと思うのですが、日にちが経ち、痛みが和らぐにつれて、悔しさが増してきます。

もう少し荷物を軽量化すべきだったとか、序盤のペースを落とせばよかったとか、ストックや膝サポーターを最初から準備しておけばよかったとか、後になっていろいろ考えます。

でも、完踏するための準備や努力が万全だったかと言われると、コースの下見も一度だけだし、荷物も背負って試してなかったし、まだまだだったと思います。

 

ほんと、来年こそはという気持ちが、日毎に強くなります。

体と足と気持ちを強くして、次はリベンジします。

 

 

以下、来年のための個人メモです。

【ザックについて】

●ファーストエイドキットは不要。バンドエイドとティッシュ、免許証、保険証写しで十分。
●胃薬、ロキソニンは大量に必要
●ヘッドライトは二個で正解
●ザックの肩や胸部分など、気になるところには、スポンジパットを貼る。
●ストック、サポーターは最初から持っておく。
●携帯用エアサロンパスを持って走り、痛くなる前に使う。
●エイドには大きいエアサロンパスを置いておく
●眠気覚ましは必要。ユンケルが効果あり。
●夜は寒いので、レインウェアとカイロが必要。
●2日目は疲れて走れない可能性があるので、エマージェンシーポンチョが軽量で良いかも。

【ウェア、シューズについて】
●モンベルのバーサライト上下は正解。軽いしかさばらない。
●靴は厚底、すり足で走る。マウンテンマゾヒストでもいいかも。
●前のゼッケンはコンパクトにしないと邪魔。ビニールに入れて、安全ピンで止めるか。

【サプリ、食料について】
●グミやCLIFバーは小分けして食べられないので不要
●ジェル、ソイジョイは必要
●アミノバリューなど、サプリ系は2時間に1個と摂る。多く持ちすぎると邪魔。
●夕方とはいえ汗はかくので、塩サプリなども必要
●ハイドレーションは楽だが、軽量化との兼ね合いで判断。

【その他】
●あまり無理しすぎず、今後のために勇気ある撤退も正解。
●バス運行表は持っておく。
●宗頭には、走るウェアの替えしか置いてないので、泊まりは寒い。
●ストーブの近くに寝場所を確保すると良い。
●もしくは誰か帰りの便が確保できると帰れるので、早々に飲まない。
●翌朝は5時半にバスが出るので、早めに出られる支度をすると、4日のランナーの応援が可能。

by mitch