Mine秋吉台ジオパークマラソン

Mine秋吉台ジオパークマラソン(2019/03/03)

大会5日前頃から週間天気予報をチェックすると日曜日「雨 100%」って

「5日後のことなんて当たるわけないやん」って思っていたけど、大会当日は、やっぱり朝から雨、テンション⤵⤵⤵気象予報士さすが!!!私は、この秋吉台のハーフマラソンは、4回目の参加だけど、かなりの確率で雨が降り、雨でびっしょりになる思い出が多い。だが、家から1時間弱で会場まで行けて便利なので、時々参加している。一応自己コースベスト(1時間54分31秒)をチェックして、あわよくば抜いてみようかな~って、維新ランナーズTシャツ着てモチベーション上げて、スタートラインに立った。

雨の中、スタート

雨の中、スタート

スタートは、早いもの順なので今回は早めに並んだ。雨は小雨だけど降り続く。スタートすると、周りにオーバーペース。いくら下りでも1kmを5分切るペースは初めてで、行けるところまでいっちゃえって感じで飛ばしまくった。折り返し付近では、維新ランナーズTシャツ仲間とお互い手を挙げて挨拶して元気をもらった。折返し後は、上り坂、坂、坂・・・当然ながら超スピードダウン!「も~何でこんな急坂を走って登らないといけないのだろう。走って降りてきたのだからしょうがないか・・・」って、自問自答しながらも、周りのランナーも走っているのでついていく。

山焼きで真っ黒

山焼きで真っ黒

カルスト台地に住んでいる人もいないので、沿道の応援は少ないけど、所々で立っている大会received_685167725214473関係者が一生懸命応援してくれて力になり、歩くことなくコースベストを3分以上も更新してゴールできました。

ゴールできたら苦しい激坂のこともすっかり忘れて、暖かい豚汁とこぼううどんを食べて、温泉に入ったら、すっかり元気になり「今日もいい一日でした!」で帰りました。

バースデーランで初サブ4☆

北九州マラソンは、今回で6回目の開催です。 小倉城・市役所前をスタートし、北九州市内の街並み、産業遺産、若戸大橋、門司港レトロ、関門海峡の海風などを感じながら走る魅力あるコースです。 5キロ前後で多少のアップダウンがあり … 続きを読む

第57回愛媛マラソン

2月10日愛媛マラソン

11カ月ぶりにフルマラソンを走って来たよ。

目標を達成してから、フルマラソンを走るのが、いやぁぁぁっ~~となり、

全く、フルマラソンの大会をエントリーしていなかったけど、

ラン友さんから、愛媛なら、アスリート枠でエントリー出来るよと教えてもらい

アスリートの響きに、ポチッ

女子なら、4時間以内 男子なら3時間半以内で記録証を提出出来るランナーなら

アスリートエントリーで、先着3000名で、一般エントリーなら抽選

(何倍の確率なんだろう??)

アスリート・アスリート 響きがいいわ。

スタートの時間は、10時スタートで、ゆっくりできるのがいいね。

当日は、やはりちょっと肌寒い。ビニールを着てスタートを待ったよ。

Bブロックでスタートして、ちょっと渋滞だったけど

7キロまでは、平坦な道で、広くて応援も凄い!!

松山に住む友人が、5キロの銀行の前で応援して待ってるからねと・・・

しかし、キョロキョロしたけど会えなかった。

そこから先は、緩い登り坂が1キロ?2キロ?記憶にございません。

風が向かい風で、きつかったな。

17キロぐらいで、一六タルトのエイドが見えた。ちょいと、苦手だったので、

飲み物だけで、食べずにスルー

 

しばらく走ってると、風船をつけた4時間ペーサーが私を抜いて行ったので

もしや・・・付いて行けるかな?と思い、食らいついてみる。

21キロで、お饅頭を食べて、まだ付いて行けると思ったら

段々、ペースが速くなり、残念ながら食らいつけなかった・・・

 

25キロぐらいで、パンのエイド

取ったパンが、小倉あんぱんだった・・・生クリームみたいなパンが食べたかった。

ここで、ポンジュースも飲む。

おいし~~~い!  蛇口からポンジュースではありませんでした。

 

28キロで、栗タルト??美味しかった。もっと食べたかったな~~

どら焼きみたいのも食べたが、生クリームが入って美味しかった。

ここで、食べたんだと思うんだけど???どこで食べたんだろう???

 

いつもなら、ここから失速するけど、何か走れてる。

体が、走る事を思い出してるのかな??

もうすぐすると、登りが見えてくる。

ここを頑張ると、後は、平坦な道でゴールに向かうだけ

 

37キロでポンジュースを飲もうとしたら、横から来た男性が、

突然、立ち止まって飲んで、おっとと。取れなかった・・・

ゴールしたらポンジュースがあると期待したが、無かった。

 

目標は4時間半で帰れたらいいなと思ってたが

4時間ちょびっとすぎて、ゴール出来て、久しぶりにうれしかったな。

しかも、14秒でゴール出来てたら、伊予銀行賞が先着100名で

プレゼントがもらえるって事で、Get!!

 

ゴール後のおもてなしが素敵。

おにぎりや温かいスープや、パンも食べ放題

フルーツもオレンジやバナナがあって、いっぱい食べちゃった。

道後温泉の無料券が付いていたが、ゴールから歩いて入れる炭酸湯があるという事で

ゆっくりつかったよ。愛媛マラソン応援いっぱいで楽しかった。

 

余談ですが、

一緒に来たラン友さんは、その日のうちに帰宅

私は、松山に住む友人の家にお泊りさせてもらい、翌日は、窯元が集まる焼き物の町

砥部焼巡りに行き、絵付けをしたり、ギャラリーを見たりして

また、砥部焼で盛りつけたランチを食べに行ったり、旅ラン楽しんで来ました。

旅ランで食べた、鯛めしは3膳

夜は、うどんを食べ、おやつも食べ、よく食べたな~~

愛媛

完走証とバリィさん

さて、お次は名古屋ウィメンズマラソン。またまた、美味しい名古屋グルメが食べられる。

第68回別府大分毎日マラソン(2019.2.3)

初めての別大マラソン走ってきました!

別大マラソンは3時間半を切るとエントリーできる大会で、私のタイムは3時間29分31秒。ベストを出さないと帰って来られないドキドキ劇場でした。
スタートはタイム順。予想通りほぼ最後尾で、スタートロスは約1分。関門をギリギリすり抜けるタイム表を腕に巻き、ペースを守って突き進みます。最初の関門は10kmで、嬉しいすれ違い区間。知人に声かけてテンション上がりましたが、反対から見ると私の姿の方がヒヤヒヤだったと思います。10kmを過ぎるとひたすら直線。道路も広くて進んだ感じがしませんが、名物バンクを過ぎるとスタート地点・20km関門のうみたまご。ここが予定でも一番ギリギリの関門で、通過できた喜びを誰かと共有したいと思い隣の男性ランナーに話しかけました。そこから友情が芽生えIMG_353528kmまで2人旅。28kmからは維新の完走請負人、頼れるOさんとの旅でした。30kmからはアップダウンが始まり、35kmは少し遅れながらも関門1分前通過。最終関門の40kmが通過できればゴールさせてもらえるので、Oさんに「40kmまで連れてって」とお願い。多分1人だと弱い自分が出てきたと思いますが、2人だと頑張れるのが不思議なところ。40kmを通過して喜びの握手を交わし、無事にゴールすることができました。
今回は維新の仲間と参加したので、ホテルや受付も心配無し。前日にコースも下見できて初参加にはとても有り難かったです。仲間と一緒に走れたり、遅いのに最後まで沢山応援してもらえて、別大なのに防府のような感じで楽しく走れました。感謝しても足りないくらいです。次回はもう少し余裕を持って走れるように頑張ります!
みんな頑張りました!
マリリン

サザンセト大島ロードレース

2019.2.3サザンセト大島ロードレース
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マラソンを始めて10年目になります。人生初のハーフマラソンがサザン瀬戸大島ロードレース大会でした。 この大会で特に印象に残ったのが地元の方の応援でした。
12キロ付近で『頑張らんとあと8キロもあるんよ!』と書かれたプラカードを持って応援してくれました。次の年も内容は違うけどまたプラカードを持って応援してくれました。いつのまにか、今年は何が書かれてるのかな〜と楽しみに走るようになってました。

今年は思い切っておばちゃんに『毎年ありがとうございます!来年も楽しみにしてます』と思わず声をかけてしまい、おばちゃん大喜びで答えてくれました。
出走されるときは、12キロ付近の素敵なレディーが持っているプラカードを楽しみに走ってみてくださいね。

みーくん

2019別大マラソン反省記

2019/02/03 別府大分毎日マラソン

20190204_021629079_iOS (2)_LI今年も別大マラソンを走ってきました。
2018年は後半忙しく、せっかく8月にけっこう走り込んだのに、9月以降、練習時間が取れず、スピード走が全く足りてない状況でした。
毎年、秋に1本くらいハーフマラソンを走って、仕上がり具合を見ていたのに、今回はそれも走ってなかったのが失敗だなと思いました。

おかげで、11月の海響マラソンでは、前半を3時間半切りのペースで走ってみたものの、体に相当無理がかかったらしく、20キロ手前で両ふくらはぎが攣り、走ったり歩いたりして、後半持ち直し、なんとか4時間2分でゴール。
11月中旬には、今年一番走りたかった、秩父で開催されたトレランレース、FTR100kに出走し、なんとか無事に完走しましたが、トレラン練習を増やしたため、結局スピード練習は出来ないままでした。

12月の防府読売マラソンでは、海響の失速を反省から、スピードアップする自信が持てなかったので、サブ3.5ペースで行くのは最初からやめて、キロ5分20秒から10秒あたりで走り、元気なら後半をちょっと上げるネガティブスプリットで走ってみましたが、それが良かったのか3時間37分でゴールしました。

12月以降、ちょっと走る時間が出来てきたので、スピード走をいれてみましたが、ずっと4分台で走ってなかったので、10キロも走ると失速してしまい、焦る日々が続きました。

1月には、なんとか300キロ、山も含めて走ることが出来ましたが、キロ5分を切るペース走は15キロも続けられず、こりゃ別大は関門に絶対ひっかかるから、行けるところまで頑張るしかないなと諦めモードでした。

それでも、走るからにはベストを尽くしたいと、今からできることを考えてみたのが、ドーピング、「ジェルやサプリに頼る」ことでした。
今まで使って効果があったものを総動員、最近話題のモルテンの粉末も活用して頑張ってみることにしました。

レースまでにやったこと。
・一週間前から禁酒とカフェイン断ち
・前々日からのウォーターローディングとしてのOS-1飲み
・毎日ボディメンテドリンク、ゼリーで免疫力を維持
・前日朝からモルテン340をドリンクにして摂取

レース当日からスタートまでにやったこと
・モルテン340ドリンクを朝食時からずっと飲む
・10時30分からSTCアイアンフォースバーをゆっくり食べる
・11時にカツサプを2本摂る
・11時25分にSTCノークランプを摂る
・OXY SHOTをちょっと飲んで、残りは持って走る

こんな感じで、すぐに使えるエネルギーを体に溜め込んで走り出しました。

スタート直後
スタートラインを40秒で通過。周りのペースがとても速いので、気がつくと4分30秒くらいになっている。
このままだと持たないので、気持ち抑えるが、割と楽に走れていたので、結果、5キロ通過は24分2秒、最近で一番速く通過。

その後も、ハーフまでは快調。摂ったサプリ等は以下のとおり
・8.5キロでアミノバイタル
・13.5キロでメダリストジェル
・18.5キロでアミノバイタル
・21キロでメダリストジェル

ハーフ通過が1時間41分48秒、予想より2分速いけど、ここからペースを維持するのが大変。
・23.5キロでメイタンCGC
カフェイン大量投入できたので、ちょっと元気になりました。
・28.5でアミノバイタル
橋の上で応援をもらい、快調に折り返しへ。
・31キロでマグオンジェル
ここから35キロの折返しまでが暑くて辛かった。
暑いので、どんどん水を飲んでしまい、このあたりから失速しはじめました。
・33.5キロでマグオンジェル
飲んだ瞬間は効果あるけど、このあたりから胃が膨らんできた感触があり、ペースダウン。
・36キロでアミノバイタル。
ペースアップしたくてサプリを摂るも胃が痛い。仕方ないので給水所手前で胃薬を飲む。キロ5分50秒くらいまで落ちてくる。まずい。なんとか40キロ関門を超えたい。
・38.5キロでSTCラストキロメーター
悩んだけど、出し切るために最後のジェル投入。
いつもならこれでペースアップできるけど、ペースを上げると胃痛で吐きそう。
チームの女子2名にここで追いつかれ、あっという間に抜かれる。
39キロ地点で関門時間まで4分40秒。とりあえず最終関門は超えたいと、ありったけのペースでダッシュ。足は残ってるのに苦しくて辛い。
角を曲がると40キロ関門が見えた!このままダッシュ。でも吐きそう。
行けるか?って思い、更に加速しようとした時、前のランナーがへたり込むのが見え、
時計を見ると3時20分3秒。関門タイムはオーバーしてました。
関門到達が3時20分6秒だったので、もっと手前から頑張ってたら、通過できてたのにと、後では思いましたが、あれ以上のペースでは進めなかったので、やはり今年の実力では、完走できなかったということでしょう。

ちなみに関門にかかると、そこでチップを回収され、バスでゴールまで連れて行かれます。
でも、以前乗った時にけっこう汗くさかったり、時間がかかったりしたことを覚えているので、
今回もゴールまで走って帰りました。なんとなくこっちが競技場かな?と適当に走ったので、
ちょっと遠回りしてしまいましたが、ダウンジョグにはちょうど良かったです。

これで別大は隔年DNSの不名誉な記録を継続させてしまいました。
ここのところ、毎回胃痛による失速がリタイヤの原因になっています。
最近、胃痛に効果のあるテーピングを覚えたのに、なぜか今回は貼るのを忘れてました。あれをしっかり貼っていたら、6秒はなんとかなってたのかなと思うと残念です。

でも、根本的に、無理なペースで走り続けることが、一番の原因だと思うので、キロ4分30秒のペースで走り続けても大丈夫なように練習するしかないと思います。
そうすれば、4分50秒が楽に走れるようになるはずだし、練習を積んだということで、気持ちの余裕も出るんじゃないかと。

とりあえず、また大分に忘れ物をしてしまったので、来年またタオルもらいに行ってきます。

※ちなみに今回摂ったサプリ、ジェルは総額で7,900円。
これにOXY SHOTを入れると8,000円は超えるなー。

第3回みちのく津軽ジャーニーランを完走して

2018年7月14日(土)~2018年7月16日(月)

○津軽ジャーニーランとは
平成30年7月14(土)17:00に弘前公園(弘前城のある公園)をスタートして、16日(月・祝)20:00までに14箇所のチェックポイントを通過し、津軽半島を一周して弘前市に戻ってくる大会です。距離は263kmで制限時間は51時間となっています。
また、この大会は萩往還と違って、コース上には誘導員もいなければ、また、分岐点には矢印等の道案内表示もされておらず、とくかく渡された地図だけを頼りに地図読みして進んでいくことがルールでした。
みちのく1
○弘前公園東門スタート 17:00
生まれて初めて青森県に上陸した。今まで東北地方にも行ったことがなかったので、青森県は山口県より北にあるので涼しいのかと思っていたが、ふつ~に暑かった。
弘前公園東門を17時に174人が一斉にスタートした。最初は、地元のランニングチームが先導をして約20kmを道案内してくれる。先導ランナーを追い抜いたら失格となるルールであった。
その先導ランナーのペースが結構速くて、10km過ぎたらランナーの列もバラバラになっていった。

○嶽温泉第1CP   (19.4km)  19:06到着
チェックポイントに到着したら、チェックシートに到着時刻を記入することになっている。記入するのであれば、当然書く物はあるだろうと思っていたが、なんとセルフ、自分で書く物を持っていなければいけなかったのだ。焦りました。スタッフにボールペンを借りてなんとか時刻を記入することが出来た。
第1CPを出発した頃から日が落ちてきた。土地勘がないので、夜になったら全く道がわからないため、前のランナーについて行く作戦を考えていた。第1CP~第2CPまではほとんど下りであるが、26.9kmの距離がある。山を下っているため、その間、街灯や自販機、ましてやコンビニはなし。ノーストップで第2CPを目指すだけだった。前のランナーを尾行するようについて行って第2CPに到着した。
みちのく2
○日本海拠点館第2CP(46.3km)  21:39到着
ここから竜飛岬に向けて、77km北上する。第2CPから7kmぐらい進んだところにローソンがあった。先輩ランナーから、このローソン過ぎたら当分コンビニがないよと言われ、レッドブルー、水を購入した。
確かに、ローソン過ぎたら田園地帯をひらすら走る。明かりは何もなく真っ暗、蛙の合唱だけが聞こえる。もちろん、車も通らない。

○亀ヶ岡遺跡第3CP (64.6km)  23:39到着
変化のない道をひらすら進むしかない。青森県の道路は北海道を思わせるような直線で道路が造られている。直線道路は、距離が長く感じて自分は苦手である。
十三湖のエイド(80.7km)に到着。ここはCPではなくエイドのみ。ここで、念のため痙攣止めを飲もうと思って、そればかりに気を取られていたら、マイコップを忘れてしまう。このあたりまで周りに他のランナーもいたが、さすがに80kmをすぎるとついて行けなくなり一人旅が始まる。一流のウルトラランナーは、一定のペースで進みスピード落ちてこない。さすがである。

○鰊御殿第4CP(92.4km)    2:55到着
ここは、軽食のあるエイドの2つのうちの1つ。鰊御殿エイドに入るには、国道から脇道に入らなければいけないが、自分は別れ道でどっちに行ったらいいかわからず感で右の道を進むことにした。後ろにランナーが来ていたので間違っていたら、声を掛けてくれれるだろうと思っていた。そして、少し進んだところで後ろを振り返ると、さっきまで後ろにいたランナーがいなくなっていた。「やられた!」と思ってしまった。普通なら、「間違っているよ~」って声をかけてくれるものと思っていたが、シビアなんだなと。ここで、頼るものは自分だけと改めて気を引き締めた。
エイドに着いたのはいいけど、今度はコップがない、どうしようかと悩む。いざとなったら、ペットボトルに入れて飲むしかないかと考えていた。まず、エイドの方に、「コップを前のエイドに忘れてきたんです。コップがありますでしょうか?」って恐る恐る聞いてみた。その方は、コップを渡してもいいのかなという感じで周りのスタッフに目配せをしてくれて、「このコップを持って行き!」っとプラスチックのコップを渡してくれた。これからまだ170kmあるのにエイドで飲物が飲めないのは辛いなと思っていたのでとっても有り難かった。
軽食として、カレーライス(ウルトラマラソンでは定番の食事)を頂いたが、辛さがなくて正直もうちょっと刺激のあるカレーが欲しかった。
竜飛岬まであと30km、足にも少し疲れが出始めてきたが、竜飛岬目指して出発した。

○津軽の像記念館第5CP(97.5km)    3:56到着
さすが青森、この時間にはライトを点けなくていいほど明るくなっていた。ここは、無人のCPとなっている。時刻を記入し出発。次がいよいよ竜飛岬のCP、しかし25km先。
竜飛岬の手前に、このコースでは名物の5kmの超激坂が待っている。事前に噂では聞いていたが、まぁ~ほんとに激坂。筒ら折の坂で、登っても登っても坂が待っている。最後の方は坂はもう来ないで~って叫ばなくてはいられない状態だった。激坂もさることながら、自分はふたつのことに苦しめられていた。一つ目は、山の頂上に向かっているので、太陽との距離が近くて暑いのなんの。二つ目は、低血糖気味で体に力が入らなくなっていた。次のエイドで長い休憩を取ることを決めた。
114.5kmの眺瞰台エイドに到着した。低血糖だったので、ビスケット、あんぱん、チョコレート等の甘い物を取った。ぞして、体の疲れもあったので15分くらい休憩をさせてもらった。前のランナーとも1時間、後続のランナーとも1時間以上離れていて、ず~っと一人旅になっていた。竜飛岬まであと8.5km。
糖分を取ったおかげで体に力が入るようになり竜飛岬まで快調に走れた。

○龍飛地区コミュニティーセンター第6CP(123.0km) 7:46到着
竜飛岬には、石川さゆりさんの名曲「津軽海峡冬景色」の記念碑?が造られている。ボタンを押すと大音量で曲が流れてくる。自分が到着した時には、ボタンが押され曲が流れていた。
夏に聴いても、石川さゆりさんの声とメロディが心地よくて、疲れが癒された。また、ここには、日本で唯一の階段の国道がある。自分はちょっと道をロストして通ることが出来なかったのが残念である。
ここから、海岸沿いを約55km走るようになる。
みちのく3
○ふれあい文庫第7CP(139.2km)    10:20到着
やっと全コースの半分を通過。体の疲労と暑さとの戦いになってきている。
海岸沿いを走っていると、青森県と山口県の違いを感じることがあった。それは、海岸沿いにはところどころに漁村があるが、コンビニはもちろん普通のスーパーもなかった。漁村なので、おいしい魚は獲れると思うが、肉、野菜はどこで買っているのだろうと疑問を感じた。もう一つ、集落はあるのに自販機がほとんど置かれていないことである。山口県であれば、なんでこんなところにという場所にも自販機があったりするが青森県にはない、おまけに、たま~にあったとしても、缶入れが置いていない。なので、たま~に見つけた自販機でも缶入れがあるかないかを確認して飲物を買うことになる。コンビニやスーパーがないので、暑さをしのぐところがなかった。どうするかというとここは自己責任。体を冷やすために、川に入ったり山から流れてくる水に顔浸けたりして暑さをしのいだ。中には海に入ったという者もいた。
ほとんど、サバイバルゲームみたいになっているので、生きるためにはなりふり構わずやるしかなかった。
途中お腹が空いたら食べ物も自分で調達するしかなかった。
15日の昼頃に空腹になって、食堂を探して走っていた。先ほども、書きましたがお店がないので、パンも買うことが出来なかった。やっと、お米屋さんだったが、食べ物を売ってそな感じがしたので、そこの奥さんに「食べるものありますか?」って聞いたところ、汗だくでボロぞうきんのような自分を見て、やばい人かと勘違いされたようで、「もうちょっと先に食べ物屋がふたつありますよ」って教えてくれてお店に入れてもらえなかった。奥さんの言葉を信じて、進んでいくと、本当にラーメン屋とご飯屋の店があった。
温かい物が食べたかったので、ラーメン屋に入った。もちろん、また不審人物に扱われるのではないかという不安があった。そこは、老夫婦が2人で経営していた。入ったら、普通に受け入れて頂いた。醤油ラーメンを注文した。やはり、ボロぞうきんの自分が気になったらしくすぐに話しかけられた。
「どっから来たの?」たぶん、話してもピンと来ないと思ったが一応説明をした。
「弘前市を出発して、竜飛岬に行ってこれから弘前市に帰るところです。」
「・・・・」 やはり、そうなりますよね。
おかみさんが作る係、おとうさんが接客係をしていた。おかみさんが、私のゼッケンを見て、「なにかの大会なの?」と聞いてきたので、「津軽半島を一周する大会です」と答えた。
すると、おかみさんが、先に店に入られていたお客さん二人に、「こちらの人の方を先にしていいですか」と聞いてくれて、一応、「自分は後でいいです」と断ったが、二人のお客さんが了承してくれて先に作ってもらえることになった。後で、おかみさんが自分を先にしてくれた理由がわかった。ここは、スープが作り置きではなくて、注文を受けてから作るようだったので時間が10分くらいかかった。ラーメンでの10分は結構長かった。ラーメンはというと、麺は縮れ麺で魚の出汁であっさり系だった。出発するときは、おかみさん、またお客さん二人にも、「頑張って」と激励していただき元気をもらえた。

○道の駅たいらだて第8CP(158.6km)   13:58到着
日中の一番暑い時間帯。ここでは、体を冷やそうとアイスクリームを購入し少し休憩をした。次のエイドは、二つ目の軽食があるところだったので、目指して南下した。ここも、国道を走るが、とにかく直線道路。体の疲れも溜まってきているし、走っても走っても進んだ感がないのは辛かった。

○ふるさと体験館第9CP(178.4km)   16:47到着
軽食エイドだったので、何が出来るのか楽しみにしていた。出てきたものはなんと、鰊御殿で食べた同じカレーライスが出てきた。でも、文句は言えない。ボランティアでエイドをやって下さる人がいるので自分たちは走らせて頂いているのだから。
でも、体調が少し良かったのか、おいしく感じて2杯食べてしまった。ここで、足の裏にマメが出来て痛かったので、靴下とシューズを履き替えて出発した。
次のエイドまでは、2番目に長い25.8kmあるので、気合いを入れて出たところ、出発して10kmぐらいのトンネルで不覚にも転倒してしまった。転倒しないように気をつけていたつもりだったのだが、疲れて足があがらなくなったのかわずかな段差につまずいてしまった。踏ん張ってみたが、足が前に出ないので顔から落ちてしまい、軽い脳震盪になった。よく萩往還で転倒して顔を怪我されている人がいたが、こういうことで顔から落ちるんだと実感してしまった。右の顔、膝、手の指、肩を擦りむいてしまった。でも、青森まで来てこんなことでやめるわけにはいかなかった。リタイヤしてしまうと、記録が残らないので180km走ってきたことがなくなってしまう。また、リタイヤした場合は、交通機関等を使って自力でゴールまで帰るのがルールになっていた。そのため、次のエイドまで16kmぐらいあったが、先に進むしかなかった。途中、暑さによるのか頭を打ったことによるのか、頭痛がしてやばいなと思うことがあった。

○総合文化センター「パスナス」第10CP(204.2km)   21:41到着
エイドに到着すると、スタッフが私の顔を見て「大変なことになっていますよ。鏡を見て下さい。」と言われてしまった。鏡を見ると、顔は汗と血でぐちゃぐちゃになっていた。幸い傷は深くはないようだった。応急処置をして頂き出発した。

○金木町観光物産館第11CP(212.1km)   23:16到着
ここは、太宰治の生家「斜陽館」の向いにあるエイドである。斜陽館は暗くてよく見えなかったが、木造の大きな建物であった。

○道の駅つるた第12CP(231.4km)      2:45到着
疲労が激しく、かなり歩く回数が増えていた。あと、32km、フルマラソンの距離はもうない。体に力が入らなくなっていたので、休憩を20分くらい取った。
スタートするがやはり走れない。歩きが多くなる。
次のCPの中間点にスポーツプラザ藤崎エイド(242.1km)がある。ここで、生りんごシューズを2杯いただいた。美味しかった~。少し元気で出る。頭の中は、あと20km少々、頑張ろうとそれだけしかなかった。

○松の湯交流館第13CP(252.3km)      6:49到着
やっと、あと11km。辛くて早くゴールしたい気持ちしかなかった。
転倒して怪我したところもだが、250km以上ザックを背負っているので、体と擦れて傷になり、それに汗が浸みて、体中いろいろなところが痛くてたまらなかった。早くその痛みから解放されたいという思いしかなかった。

○田舎館役場前第14CP(257.2km)      7:37到着
やっと、やっと、やっと最後のエイドに到着。残りは5.9km、キロ10分であと1時間でゴール出来ると思うとちょっと嬉しくなってきた。
ゴール目指してスタート。おっちゃんですが、ここまで頑張ってきた自分に感動して、ウルウル・・・辛かったことを思い出してウルウル・・・
もうゴールは目前になってきた。

○さくら野百貨店 ゴール(263.1km)       8:28到着
263km長くて辛かったけど、最後は笑顔のゴール。

39時間28分47秒  10位

この大会には、ウルトラマラソンの強者が多くエントリーしていたので、この順位は出来すぎです。夏に超ウルトラマラソンを走ると過酷でこんなにも精神修行になるのかと思い知らされました。
その後、お風呂に入ったのですが、体を見るとあちこち傷だらけになっていました。足には、ほとんどの指にマメが出来ていた。お湯が体中に浸みて痛かったので、シャワーだけで湯船に浸かることができなかったです。

みちのく6 みちのく7

2017さくら道国際ネイチャーランを走って

2017年4月22-23日 第24回さくら道国際ネイチャーラン

○さくら道の物語の紹介

太平洋と日本海を結ぶ266㎞の道を、桜のトンネルで結ぼうと決意した一人男がいました。御母衣ダム工事で、水没する山寺の樹齢400年を数える桜の古木が移植され、見事に蘇ったその生命力に感動したからです。その人とは、名古屋と金沢を往復するバスの車掌・故佐藤良二さんです。彼はバスの走る道沿いに、桜の苗木を黙々と植え続け、そのために、乏しい蓄えや給料を注いだ。そして少ない休暇も使った。2,000本も植えた時に、彼は病に倒れ、志半ばで力尽き、癌で逝ってしまった。47歳の短い生涯でした。清貧という言葉が改めて見直される今、「人の喜ぶことをしたい」と病魔に侵された我が身を顧みず、無償の行為を貫いた佐藤氏の生き方は、貧しくとも豊かな心を持つ、人間の幸福な姿を問いかけてくれてます。佐藤氏が夢みた「さくらのトンネル」を、走り抜けるという形でその遺志を受け継ぐと共に 「太平洋と日本海をさくらでつなぐ」という大事業の完成に少しでも寄与できればということで、「太平洋と日本海を桜でつなごう2017さくら道国際ネイチャーラン」を開催されました。
ちなみに、この佐藤良二さんの物語は、佐藤良二役篠田三郎、佐藤良二妻役田中好子で映画化されています。 さくら1

○コース等
4月22日に名古屋城を朝6時スタートして、岐阜県の白川郷を経由富山県の兼六園にゴールする大会です。距離は250km、制限時間は36時間で、選抜された選手140人がスタートします。内訳は、海外ランナー24名(男子23名、女子1名)、国内ランナー116名(男子92名、女子24名)となっています。萩往還の250kmよりも12時間も制限時間が短く、超ウルトラマラソンでは日本の最高峰と言われています。
海外からの参加者は、韓国、台湾、フランス、スウェーデン、フィンランド、スイス、マレーシアから参加されています。
国内ランナーで参加している選手には凄い選手が多く、スパルスタロン、神宮24時間マラソンや萩往還250kmの優勝経験者、そして、トランスジャパン出場者が参加されています。また、女子は、ウルトラマラソンの日本代表などが参加されています。

○出場する動機
この大会は、選手を選考委員会で審議して出場選手が決定されています。選手の選考の基準は、前年度にこの大会を完走した人が優先的に選考されます。そのため、新規の人は、前年にリタイヤ者が多くないとなかなか走れない狭き門になっています。
2016年は、天候不順でいろいろな大会が中止になったり、レースが短縮されたり
しましたが、この大会も強風により選手の命の危険があるということで2日目の朝8時
に打ち切りになりました。大会が打ち切りになるということはリタイヤ者も多かったと
いうことで、人から、新規の枠が多いので、エントリーすると選考される可能性が高い
と聞き、めったにそういうチャンスはないと思いエントリーしてみることにしました。
エントリーは、100km以上の記録と簡単な小論文を提出します。小論文が結構重要で、走らせてほしいという熱い思いをいかに伝えるかが勝負になります。
そして、エントリーシートを提出した結果、12月2日に参加決定通知が届きました。決定通知が来るまでは、ほんとうに選考されるのだろうかと不安な気持ちでした。

○開会式さくら2
開会式も非常に格式が高かったです。岐阜県知事の挨拶(代読ですが)があったり、選手も一人一人紹介されます。また、選手宣誓は、NO.1の選手(今大会で一番速いと思われている選手)がしましたが、大会に国際という文字がついているだけあって、英語と日本語のスピーチでした。これからは、走るためには語学力も必要なのかと思ったほどでした。また、開会式の席順は、持ちタイムの速い順からになっています。初参加の人は後ろの方に座るようになります。

○大会の状況
スタート前は、緊張と不安でいっぱいでした。3月に60km走を3回したら、左のアキレス腱を痛めてしまいました。それで、3月下旬から4月上旬に2週間休んだら何とか走れる状態になりましたが、痛めたアキレス腱が250kmの距離に耐えられるかが不安でした。

4月22日(土)朝6時に名古屋城をスタートしました。
前半は、快調に進むことが出来、第1チェックポイント(67.2km)は12時28分に14番目で通過することが出来ました。 さくら3 ところが、80kmのところで体調に異変が起きました。暑さのためにミネラルが不足し、両足に痙攣がきました。激痛でガードレールにしがみついて立っているのがやっとの状態でした。痙攣止めは第2チェックポイント(106.9km)に預けていたのでどうしようもない状態でした。そしたら、後ろから来たランナーから次のエイドまで400mと言われ、ゆっくりとエイドまで歩いて行きました。そこで、塩と梅干を食べたら、少し走れるようになって第2チェックポイントに17時8分に20番目でたどり着くことが出来ました。
ここから、夜になり、坂も急になって気温が下がるひるがの分水嶺越えになります。道端には雪が残っていましたが、今年は思ったほど寒くなく快調に走れて第3チェックポイント(143.0km)に21時57分に18番目で通過しました。
第4チェックポイント(172.6km)が23日の1時25分に16番目に到着しました。このあたりは快調に走れてましたが、200kmを過ぎたあたりから、体に力が入らなくなり、歩く距離が増えてきました。あまりにも辛いので、エイドの人に症状を話したところ、低血糖だろうと言われ、飴とチョコレートをいただきました。そしたら、少し復活して走れるようになりました。
第5チェックポイント(212.0km)6時55分に18番目で到着しました。やっと残り38kmになったという思いでした。
ここまでず~っとトイレを我慢していました。チェックポイントならトイレが絶対にあるだろうと思ったからです。ところが、トイレがないと聞いてがぁ~ん、かなり危ない状態でした。2さくら4km弱先に駅があるからそこのトイレを使って下さい言われ、あと15分も我慢しなければいけないのかと思ったが、行くしかなかったです。そして、確実に2km行ったと思っても駅がない!人に尋ねるも駅はまだ先ですよって言われるだけでした。このあたりは市街地に入っていたので、陰にかくれて用を足すわけにもいかずやばい状態でした。行っても行っても駅に着かない。再度、人に駅はまだですか?って尋ねたところ、もう近いですよって言われ少し安心しました。そして、やっと駅に到着して用を済ませました。2km弱と言われましたが、たぶん5kmは進んだと思います。後で、考えると車で走っている感覚では2km弱ぐらいに感じるのだろうなと。
243km地点の最後のエイドに到着。ここから兼六園まで7km。ここからは、最後の力を振り絞って走ろうと決めエイドを出発しました。兼六園に近づいてくると観光客も増えてゴールが近いことを感じることが出来ました。
そして、ゴールの瞬間がやってきました。

30時間10分(7分14秒/km)  22位
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後半、順位を落としたのでちょっと悔しい気持ちもありますが、凄いメンバーがいる中でのこの順位は頑張れたかなと思います。

ゴール後は、金沢市内のスーパー銭湯に連れて行かれます。そこで、最終ランナーがゴールするまで待ちます。それから、19時30分に岐阜県白鳥村に向けてバスで出発し、23日は白鳥村の民宿で一泊します。夕食は、22時ぐらいから始まり、お互いの健闘を称え合います。

○さくらの植樹
24日は、佐藤良二さんの功さくら6績を称えてさくらの植樹があります。実際の鍬入れは、男子と女子の1位が代表してやります。

○閉会式&完走パーティー
閉会式でも、座る順番はゴールした順に座り、リタイヤ者は後ろの方に座ります。そして、完走者一人一人に檜で作られた完走盾が群上市長さんから渡されます。その後、完走者だけで記念撮影をします。
リタイヤした者は、記念写真に入れないだけでなく、1年間は出走させてもらえないそうです。リタイヤ者は、この悔しい気持ちを2年間持ち続け、次のチャンスを得た時に完走に繋げていくのだろうと思いました。
そして、完走パーティーが始まり、寿司、オードブル、ビール等が出され、ランナーと交流を深めることが出来ます。
パーティーでは、普段、話せないような凄い選手から、練習方法等を聞くことが出来ました。聞けば聞くほど、レベルの違いに驚き、ほんと言葉が悪いですが、怪物のような人ばかりでした。 さくら7
パーティーが終わると、お土産屋さんに連れて行かれますが、お土産が飛ぶように売れていきます。外国人の方もたくさん買っていました。自分は普段は大会に走りに行ったときはあまり買わないのですが、完走した満足感と気持ちが大きくなっていたので、ついつい大人買いをしてしまいました。

○感  想
今までに出場してきた大会で、一番充実していて大会の最初から終わりまでず~っと楽しい大会でした。また、出場選手(140人)が少ないこともありますが、スタッフ、ボランティアの方々、また、地域の方々の選手へのおもてなしが凄くいい大会でした。もっと、前から出場していたら良かったと後悔したほどです。
来年も選んでいただけたら、絶対に走りたいと思っています。
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東京マラソン2018を走って~次はいつ走れることやら~

2018/02/25 東京マラソン2018

6回目の東京マラソンを走らせていただきました。

1回目から4回目までは抽選を運良く当選させてもらい走ることが出来、最近の2回は準エリートの資格(山口県では下関海響マラソンか防府読売マラソンで男子は2時間55分、女子は3時間40分を切ると推薦をしてもらえる制度)で走らせてもらいました。その準エリートの資格も来年はありません。昨年の5月の萩往還で故障し、走れなくて海響マラソンはDNSし、防府読売マラソンは3時間7分だったからです。最近の東京マラソンの抽選は当選の期待ができないし、2時間55分カットも年齢的に厳しいところにきているので、次はいつ走れるかわからないと思い、東京マラソンの雰囲気を肌で感じながら、記録にこだわって走ろうと思っていました。

東京マラソンは毎年少し変更されていることがあります。来年、東京マラソンに出場しようと思われる方は参考にして下さい。
去年、荷物を預ける袋がすごく小さくて不評だったのか、今年は元の大きさに戻っていました。去年は荷物が入りきらなかったので今年はコンパクトにまとめていったところ、袋がスカスカになってしまいました。もうひとつ大きく変わったのは、入場ゲートから飲物(封をあけていなくても)が一切持ち込み禁止になったことです。それで、ペットボトルに残しておいたお茶とエナジードリンクをその場で飲んで入りました。結局、これが後で悪い方に効果が出てしまいました。
Aブロックにスタート40分前に入ったのですが、この時点で入っている人はまばらで、今までではなかったことでした。スタート30分前にどっと選手が入ってきてあっという間にいっぱいになりました。たぶん、トイレの心配とストレッチ等ぎりぎりまで調整をする人が増えたのかなと思います。

9時10分にスタートしました。
今年は並んだ時からトイレに行きたくて、溜まっていくのがわかるくらいでした。スタートゲートに入る前にトイレに行きましたが、入場ゲートで水分を沢山とったためだと思います。スタートしたら、時間はロスするけど早めにトイレに行こうと決めていました。東京マラソンはトイレの表示があっても、よく確認しないと走路から片道200~300m離れていることが多くそれこそ大変なロスすることになってしまいます。3kmくらい行ったところに、走路のすぐ横にトイレがあったので寄ったところ、すでに並んでいるではないですか。そこから先のトイレに行こうとは考えられなかったので、少し待ってトイレを済ませました。待ち時間も含めて約1分のロスでした。
溜まっていたものが出たらすっきりして、25kmくらいまでは4:10分/kmを切るペースで走ることが出来ました。25kmから足がだんだんと重くなってきて、30kmまでくると足は売り切れ状態になっていました。でも、ここまで3時間が切れるペースできていたので、なにがなんでも切りたいと思っていました。tokyo1
35kmまでくると、今度は足の疲労に加えて、両脹ら脛に痙攣が起こりそうになります。35kmが2時間26分26秒の通過だったので、あと7.2kmを4:30分/kmを超えなければ3時間が切れると逆算し、無理にペースを上げないで安全運転をすることにしました。しかし、4:30分/秒で走っても痙攣が起こりそうになるし、痙攣が起こってしまうと3時間が切れなくなると思い、ペースを落とさざるを得ないというか自然に落ちていく状態で、4:30分/秒を維持するのが精一杯の状態でした。そのため35~40kmで前半の貯金を使い果たしてしまい、40kmが2時間49分台の通過でした。ここまで走って、3時間が切れなかったら走ってきた40kmが無駄になると思い、残りの2.2kmを大げさですが死ぬ気で走ろうと思いました。が、なんと、その時3時間のぺーサーにも抜かれてしまい、もの凄く焦りました。自分は死ぬ気で走っているのに、追いかけてもぺーサーと差が開いてしまう。やばい、やばい、3時間が切れないのかと思いながらとにかくゴールを目指しました。
設楽選手がゴールの直線で時間を確認して、日本記録が出ることを確信したときのように、自分もあの直線で3時間が切れることを確信したときはほんと嬉しかったです。
そして、2時間59分7秒でゴール!
ゴールした瞬間は、やったぁ~!しかありませんでした。その後、歳取ると涙もろくなるのか、自分の限界まで頑張った自分に感動して涙がポロポロと出てきました。今、書いているときも思い出して涙が出そうになります。最近、科学的トレーニングがうんぬん言われますが、やっぱり、最後は「根性」というか「やってやる!」という気持ちしかないなと思いました。

ここで、ちょっと自慢させて下さい。これで、48歳で初めてサブスリーを達成して8年連続で達成でき、今回は55歳11ヶ月の達成となりました!

また、最初に書きましたが、次はいつ走れるかわからないので今年の大会に出て、設楽選手が日本記録を出してくれたおかげで、とっても記念となる大会になりました。
設楽選手、おめでとうございます!そして、ありがとうございます!

東京マラソンはいい大会だなと改めて思ってしまいました。来年は出られないですが、今年の秋に、年齢的にも厳しいところにきていますが、海響か防府で2時間55分を切って、東京オリンピック開催年の2020年の東京マラソンを目指そうかなという気になっています。
これから、故障に気をつけて少しでも若手部員の見本となるように頑張っていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。tokyo2

東京マラソンの公式Facebookのボランティアの活動状況を撮った写真の中に偶然写っていました。

安芸太田しわいマラソン2018

2018/09/16 広島県安芸太田市

台風や豪雨で2年連続で中止になった、このウルトラマラソン、
毎回参加するのは88キロと決めていますが、5回目を走ってきました。
今回のテーマは、「どこも同じくらいの辛さで走る!」
ということで、登りは歩く、または走ったり歩いたり。
平地はなるべく走る
下りはとにかく飛ばす
そんな感じで走ってきました。

スタート後はすぐに下りなんで、前から2列めで出て、しっかりダムまで走り、
柵を超えたところから歩き出す
いつもスタートあたりから寒いくらいなのに、今年は湿度が高くこのあたりで
すでに暑さを感じる。
猪山を過ぎた集落あたりから、また下りなんで走り出す。
奥滝山峡は、フラットに近いので走ったけど、足元が悪かった。
ここを過ぎて深入山まではじわじわ登りなんで、走ったり歩いたり。20180917_105842981_iOS
遅いので、I村パパとあずさちゃんに抜かれる
いこいの村ひろしまを過ぎたら下りなんで追撃開始。
まずはエイドで梓ちゃんを抜き返し、餅ノ木峠手前でパパも抜く。
でも、Aにーさんとしのぶさんは見つからない。
下りが終了し、峠を登っていると、またパパに抜き返される。
そして、餅ノ木峠エイドを過ぎた下り、毎回、両ふくらはぎが攣るのはなぜ!
恐羅漢エイド到着がちょうど4時間。38キロで4時間はいつもより遅い。
ここから内黒峠まで4キロを走ったり歩いたりして、40キロ地点が4時間15分。
そこからは約8キロの下りが始まるので、キロ5分をなるべく切りたいと思って走り出す。
さっき抜かれた人たちを次々に抜き返すが、パパ不在。
なんとか頑張って、三段峡エイドの直前でパパを捉え、休憩へ。20180916_221018791_iOS_R
ふなぴもちょうど来たばかりということで話しながら休憩。
預けていたなっちゃんオレンジが美味しかった。
ここからしばらくパパと並走。
歩道の無い道路を走っていると、後ろに列ができ、片側通行の中、
ペースを落とすこともできず、役場前エイドまでが辛かった。
そこからは自分のペースで行くと伝え、道の駅でトイレ休憩して龍頭峡へ。
このあたり、日差しが出てきて結構暑く、エイドのたびに頭から水を浴びました。
龍頭峡エイド手前でパパ、ふなぴとすれ違い、エイドでOS-1をちょっともらって棚田へ。
このあたり、暑くて走ると体温が上がってぼーっとするので、熱中症かもと思いながら走る。
棚田への登りはひたすらパワーウォーク。施設エイドでリフレッシュ。
なんとか棚田に到着、かき氷をもらって、エイドを出るところだったふなぴを追いかける。
棚田を出て下りの途中でふなぴ補足。パパも補足して追い越す。
途中、暑さで走ったり歩いたりを繰り返し、下り坂貯金が減っていく。
そのまま頑張って追いつかれずに、かけはしエイドに到着。

最後の階段888段!

最後の階段888段!

エイドのトイレの流水で頭を冷やしていたら、二人に追いつかれる。
3人でエイドを出たものの、暑さにやられ、ふなぴに置いていかれる。
パパもあまり調子が良くないようで、そのまま走ったり歩いたりで滝山エイドまで行く。ここから残りは5キロ弱。
ここでアミノゴールドを摂るつもりが、カツサプを摂ってしまったので。
値段分は頑張ろうと思って走ったけど、少し走ったら、パパがお疲れだったので、

別れて走る。ゴールまであと3キロ。
ようやくダムが見えてきて、残りが20分くらいになってたけど、なんとか7分くらいでダムを登り、ラストの坂を登る。
ホントは1キロ以上あるんじゃないかと疑いながら、なんとか走りきってゴール。
今回は暑くて辛かった!
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